【鬼滅の刃】時透無一郎の着物の柄の名前はなに?エ霞文様柄の意味とは?

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社会現象となっている「鬼滅の刃」。連載は終了し、単行本は2020年の年末で23巻発売にて話が完結しましたが、アニメ放送の方はまだ半分も終了していないため、今後も私たちに楽しみと話題を提供してくれることが期待されます。

「鬼滅の刃」は日本の大正時代が舞台となっているので、私たち日本人の歴史でもあります。そのため、歴史を感じる場面も多いですが、今回は「登場人物の着物の柄」について気になったので調べてみることにしました。

炭治郎の羽織である黒と緑の市松模様、禰豆子の着物の麻の葉の着物はとても人気があるようですが、今回は霞柱である時透無一郎がまだ人間時代であった頃の記憶にある「霞模様」について掘り下げていきたいと思います。

 

 

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【霞柱】時透無一郎の着物の柄の名前はなに?

「鬼滅の刃」は舞台が大正時代なので、着物を着ている人たちが多く登場してきます。

霞柱の時透無一郎も鬼殺入隊前の回想にて着物を着ています。

 

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有一郎と無一郎で色の違う同じ模様の着物を着ています。

「何かこの模様…見たことあるな…?」と思った人も多いのではないでしょうか。

この模様は「エ霞模様柄」と言って、古くから日本に存在している日本の伝統的な和柄になります。日本人である私たちの生活でも、どこかで見ている可能性が高いと言えます。

そもそも「霞」とは、

遠くにある山などの前に帯状の煙のようなものが見える現象。春の朝によく見られる、遠くをハッキリと見えなくさせる雲のようなもの。
としています。山の景色などで霧のような低い雲が裾野を隠すように帯状に存在していることってありますよね。
日本の歴史ではというと、平安時代には春に見られるものを「霞」、秋に見られるものを「霧」と区別して呼ぶようになっていたそうです。
気象学的な立場で言ってしまうと「霞」は気象用語ではないそうです。あくまで文学的な表現のみに用いられるとか。
平安時代の頃に霞をみることで春の到来を喜んだ和歌が多く見られることからも、やはり文学的な表現で用いられてきたことが分かります。
そして平安時代にも着物に霞は使われていたそうですが、当時の霞柄の模様は自然の「霞」と同様にぼんやりとした様子をそのまま表現しただけのものだったようです。
鎌倉時代になると霞の模様化が進み、形がハッキリとしたものが現れたのです。
楕円形で横に長く表現された霞模様、そして無一郎たちが着ているカタカナの「エ」と表現された「エ霞」文様柄が考えられ、能で使われる衣装などに用いられたそうです。

江戸時代には霞模様の中に吉祥文様(縁起が良いとされる模様)が描かれた着物も作られ、祝辞の席で使用されるようになったそうです。

「鬼滅の刃」で無一郎たちが着ている着物はシンプルな霞文様柄ですが、調べてみると霞柄は古くから存在し、その使い方も多種多様であることが分かりますね。

 

 

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エ霞文様柄の意味とは?

有一郎と無一郎が着ているエ霞文様の着物。これは何らかの意味があるのか?ということですが、調べたところ、明確な意味は分かりませんでした。

「霞柄を着ているからには何か意味があるのでは…?」と思いましたが、歴史的な経緯はある程度解明されていましたが、「『霞柄』にはこんな意味がある!!」というのはないようです。

「霞文様柄」は無一郎の着物のように、主役にもなれれば、中に模様が入っているものもあったりすると脇役的な感じもあり。さまざまな場面で多種多様な使い方が出来る便利なもののようです。

 

霞をまとう時任無一郎を体現したものなのか?

では何故無一郎たちは「霞柄」を着ていたのでしょうか??

これは完全に憶測ですが、霞柱である時任無一郎そのものを表現したそのものが「霞」なのではないでしょうか。

再度「霞」について調べると、

霞がかかって見えにくい状態にになること。意識がぼんやりした様子。
これはまさに無一郎そのものを指した状態ですよね。
初登場の時から、どこかハッキリせずずっとぼんやりした状態が印象的でした。
もちろん、最初からこのような状態ではありませんでした。
彼は鬼殺隊に入る前は双子の兄と両親の4人で暮らしていました。しかし父は薬草取り中に亡くなってしまい、母も病で死亡、以降は兄の有一郎と共に暮らしていました。
兄と無一郎は双子でありながら性格が正反対で、ぶつかり合うことも多かったと作中で語られています。
そして産屋敷家のあまね様が無一郎が暮らす家にやってきて、自分たちは「始まりの呼吸の剣士」の子孫であることが明らかとなります。そして鬼殺隊に入らないかと誘います。
無一郎は話に乗りかけるものの、有一郎は激高し2人は互いに話をしなくなっていきます。
そんなとある夏の日、戸を解放していた無一郎たちの暮らす家に鬼が襲撃しにきてしまいます。
この時鬼は2人を見て「いてもいなくても変わらないようなつまらない命なんだからよ」と言い放ち、それに対し無一郎は今で感じたことのないような激しい怒りを覚え、無我夢中で鬼を倒すことに成功します。夜が空けるまで粘ったことで鬼は消滅。しかし、兄の有一郎は助からず、弟の無事と幸せを願いながら息絶えます。
そしてあまね様に発見されるまで、自分と兄の有一郎の身体に蛆が湧き、兄の身体が腐っていく様を見続けなければなりませんでした。
無一郎も鬼は倒しましたが、瀕死の状態だったんですね。
この出来事により無一郎はなんとか命かながら助かったものの、精神的ショックで頭に霞がかかったように記憶喪失に陥ってしまうのです。
そんな無一郎を見て、親方さまは
きみは必ず自分を取り戻せる 無一郎
混乱しているだろうが今はとにかく生きることだけ案考えなさい
生きていさえばどうにかなる 失った記憶は必ず戻る 心配いらない
きっかけを見落とさないことだ

と優しく諭している場面があります。

冷静ではありながらも、合理的過ぎて人間味に欠けていた無一郎は炭治郎との会話がきっかけで、本来の自分を取り戻し始めるのです。

霞柱でありながらも、本来の無一郎は記憶の霞が晴れた状態が本当の無一郎なのでしょうね。

 

 

 

 

 

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