【鬼滅の刃】時透無一郎が兄有一郎と対面するイチョウ葉の場面がきれい!!銀杏の花言葉とは?

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アニメ

社会現象となっている「鬼滅の刃」。連載は終了し、単行本は2020年の年末で23巻発売にて話が完結しましたが、アニメ放送の方はまだ半分も終了していないため、今後も私たちに楽しみと話題を提供してくれることが期待されます。

「鬼滅の刃」と言えば、日本の大正時代の設定となっているため、私たちの歴史でもあります。そのため、親しみがありなじみ深い情景が出てくることが多いですよね。

漫画は惜しまれつつも終わってしまいましたが、今後のアニメ放送において、それらがどのように美しく表現されるのかも楽しみのひとつであります。

その中でも上弦の壱である黒死牟との闘いの際に霞柱の時透無一郎は命を落としてしまいますが、その死に際に精神世界の中で兄の雄一郎と再会する場面があります。

その場面は植物のイチョウ(銀杏)の木があり、イチョウの葉っぱの落葉がある中での無一郎と有一郎との再会場面がとても印象的です。

無一郎が亡くなってしまうのは悲しいですが、アニメではどのように表現されるのか今からの楽しみでもあります。

今回は「なぜ2人の再会シーンがイチョウ(銀杏)の落葉が落ちる中だったのか」という疑問について、気になったので調べてまとめてみました。

 

 

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時透無一郎が兄雄一郎と対面するイチョウ葉の場面がきれい!イチョウ(銀杏)の特徴

 

有一郎と無一郎の背景にはいつもイチョウ(銀杏)の木があり葉っぱの落葉がハラハラと見えます。

とても印象に残りますが、イチョウ(銀杏)が落葉するのって季節柄、冬なんですよね。時期で言うと12月頃になります。12月に落葉するのに、無一郎と有一郎が着ている服は何故かノースリーブの着物…「絶対寒いでしょ(笑)」とツッコみたくなりますが、そこは漫画の世界なのでお手柔らかに。

ご存知の方も多いかもしれませんが、イチョウ(銀杏)最大の特徴は何と言っても”あの臭い”ですよね。秋ごろになると神社のイチョウ(銀杏)の木に実がなって、地面に落ちるとそれが強烈な臭いを放っていた記憶があります。

実はイチョウ(銀杏)は雄と雌の木があります。臭いが全くしない木と実をつけて強烈な臭いを放つ木がありますよね?それが雄と雌の木の見分け方なんです。

街路樹に植えられているものの多くは臭いのしない雄の木です。公園なども雄の木が多いと思います。景観重視で考えると雄の木の方が適していると言えます。

反対に雌の木は実をなす代わりに強烈な臭いを放ちます。調べてみると、この臭いは動物に種を食べられないようにするために、このような強烈な臭いに進化していったとされています。

私が子供の頃、神社で雌のイチョウの木があり、強烈な臭いを放つ中、大人が銀杏の身を集めているのを見て不思議に思っていました。しかしそれは買うとそれなりに値段がするからなんですね。茶碗蒸しなどに入っているのをよく見ると思います。

さて、これがイチョウ(銀杏)の特徴ですが、無一郎と有一郎の幻想的なシーンでは予想ですが、雄の木だと思います。

これは私の経験上ですが、メスの木だとしたらとてもじゃないけど、そこにあまり居たいと思えないからです(笑)

なんと言っても「臭い…」ので、小学校の頃ですが通学路の帰りのイチョウの木がある神社の前を通る時は息を止めて足早に立ち去ったのを今でも覚えています。

 

イチョウ(銀杏)の木の花言葉とは?

イチョウ(銀杏)の木の落葉が印象に残る無一郎と有一郎の対面シーンですが、イチョウの木の花言葉とは何のでしょうか。

「長寿」…イチョウは「生きた化石」と呼ばれるほど、樹齢が長く1000年以上も生き続ける木もあります。
「鎮魂」
…お墓の周りなどにも植えられることが多いことから名付けられたようです。人の魂を鎮める意味合いを持ちます。
「荘厳」
…イチョウの木は皮が厚く、燃えにくい特徴を持っているようです。そのため、神社やお寺に植えられていることが多いのです。神社や寺の守り神として植えられているイチョウの木の様子の荘厳な様子から名付けられたようです。
いかがでしょうか。これらの意味合いをもつイチョウ(銀杏)は無一郎と有一郎のシーンにピッタリなのかもしれません。
神々しいような、それでいて厳か。2人の魂を鎮める意味でも深みが出てきますよね。
漫画では最初、兄の有一郎は無一郎に「こっちに来るな 戻れ!!」と無一郎を突き放します。
一見すると冷たいようですが、その後の会話の中に有一郎の優しさが見えてきます。
不器用ながらも最後には「無一郎には死なないで欲しかったんだ…」と思いを吐露します。
これは兄の有一郎は弟無一郎に対して「普通に生きて暮らして欲しかった」ということではないでしょうか。それはイチョウの木の花言葉である「長寿」を指しているのかもしれません。
しかし無一郎は自分の意志で鬼殺隊に入り、「短い命ながらも充実した日々を過ごせて幸せだった」という思いを兄の有一郎に伝えるのです。
勝手な憶測ですが、これらのシーンにはやはりイチョウの木がピッタリだったのかと思います。

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