山田美沙子(ヴィサーカー)とは?オウムの後継?旦那はいる?住所はどこ?

7月6日の午前8時ごろ、日本犯罪史上
最も凶悪な事件とされた「オウム真理
教事件」の首謀者である麻原彰晃をは
じめとする計7人の死刑が執行され、
当時の事件が再び注目されている。
そんな中、事件後のオウム真理教団体
が分裂した後継団体が注目を集めてい
る。そこで、凶悪なオウム真理教事件
が起きた後のオウム真理教の後継団体
のことが気になったので、調べてみた。
また、後に記載するがオウム真理教が
後継団体に変わり分裂していった過程
の中で、特に麻原彰晃への信仰心が強
く活発な活動が見られるのが山田美沙
子が代表を務める「山田らの集団」で
ある。今回の麻原の死刑を受けて何か
報復が行われるのではないかと懸念さ
れている団体でもあある。今回は山田
らの集団と代表の山田美沙子氏につい
ての情報も調べてまとめてみた。

 

 

 

<オウム真理教事件後の後継団体のとは?>

オウム真理教事件の後、「オウム真理教」
は「アレフ」という名称へと変わってい
る。のちにアレフへ加わった上祐史浩氏
が代表となり「アレフ」が「アーレフ」
へと名義変更されている。インタビュー
でもお分かりの通り、上祐代表は麻原彰
晃とは対立する信仰心であったためか、
「アーレフ」を脱退し、新しく「ひかり
の輪」という団体を設立した。そして、
上祐氏が抜けた後の「アーレフ」は野田
成人が代表となった。そして2008年に
「アーレフ」から「Aleph」へと改名。
代表であった野田氏は解任となり、次に
代表となったのが上田竜也氏と松下孝寿
氏となった。

 

 

 

<山田美沙子代表の「山田らの集団」とは??>

「山田らの集団」という、なんとも宗教
名らしくない名称であるが、それには分
裂していった経緯が関係している。元々
「Aleph」の金沢支部で活動をしていた
山田美沙子氏が本部との考え方が合わず
、2014年から2015年頃くらいに分派し
ていった集団であった。活動の便宜上で
名称が必要であったために、公安が付け
た名称が「山田らの集団」である。拠点
は石川県金沢市としているが、東京の武
蔵野にも施設があると言われている。
わずか30人ほどの人数で構成されている
ということであるが、分裂した後継団体
の中では麻原元死刑囚への強い信仰心を
一番持っているとされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<「山田らの集団」の活動とは?山田美沙子代表のヴィサーカーってなに?>

前述したように「山田らの集団」は麻原元
死刑囚への帰依を貫いており、2018年には
麻原誕生祭を行い、「そそそそそそそ尊師、
そそそそそそそ尊師、麻原尊師、麻原尊師」
と信者らが大声でオウムソングを合唱する
様子が報じられている。

山田美沙子氏が自信を「ヴィサーカー」と
名乗っているが、ヴィサーカーとはどのよ
うな意味を持つのか調べてみた。

ヴィサーカーとは、釈迦仏の優婆夷の1人。
鹿子母とも呼ばれる。鹿子母講堂を仏教僧
団に寄進して建立した。 彼女の伝記は、文
献や経典に散見される。

どうやら、昔の宗教の偉い人で実在した人
物の名前を借りて名乗っているようだ。
「救世主」のような意味合いもあるのかも
しれない。

<山田美沙子氏の旦那はいる??「山田らの集団」の石川県の本部はどこ??>

「山田らの集団」のトップである山田美沙
子氏に旦那はいるのか??ということである
が、調べたところ有力な情報はなかった。
メディアの情報によれば、山田美沙子氏は
60代くらいであると報道されている。仮に
夫がいたとしても、夫もオウム真理教を信
仰しており、「山田らの集団」の中のメン
バーである可能性が高いと考えられる。

そして、「山田らの集団」の本部があると
される石川県金沢市の住所も判明している。


住所:石川県金沢市昌永町13-4

実際の地図写真を見ると分かるが、周囲の
住民が反対運動をしていることが明らかで
ある。

 

 

 

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