ローランド・オモンゴスを助けた日本人「わかば丸」漁船船長は誰??

事故

3月26日(木)19時57分から放送の「アリガト!JAPAN助けてくれた日本人を探しています」という番組が放送される。この番組は「アリガト!」の気持ちを伝えるため、人生をかけて日本人の恩人を捜している外国人に密着し、番組が力を合わせて大捜索するという。助けられた当時の再現VTRと再会して感動の場面を見守るというのだ。

その中でも2017年に海で60日間も漂流したフィリピン人男性を、日本漁船が助けたという仰天エピソードがある。助けられたフィリピン人の若者は、自身を発見してくれた日本漁船の船長にお礼を言うために船長を捜しているというのだ。

今回は60日間も海で漂流したフィリピン人男性のエピソードと、それを助けた日本漁船「わかば丸」の漁船船長である人物が誰なのかを調べてまとめてみた。

 

 

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ローランド・オモンゴスは海で60日間漂流した!!どうやって生き残ったの!?

フィリピン人であるローランド・オモンゴスは叔父のジェネラル・サントスと共に2016年12月21日、他の巾着網漁船と共にフィリピン南部セレベス海に面したジェネラスサントスを出発。しかし、年明けの2017年1月10日に嵐が起きたことが原因で母船とはぐれてしまい、その5日後には燃料が切れてしまう。2人はボートが大波によって沈まないよう、浮力を保つために重たいエンジンを海中に捨てた。

ローランド・オモンゴスさんは当時の海について

毎日少なくとも4隻もの船が近くを通って行った。僕は手を振ったけれどどの船もまったく止まらなかった。3~5kmも離れた場所から小型ボートは見えなかったのだろう。

でも希望は捨てなかった。ずっと祈っていた。少なくてもどちらか1人は家に帰らなければならないと自分に言い聞かせた。

と語っている。

そして遭難から約1ヵ月が経過したころ、叔父のレニエル・オモンゴスが飢えと熱射が原因

で亡くなってしまった。オモンゴスさんは叔父の遺体を数日間は自分のボートに置いておいたが、腐敗してきてしまったため海に流したと話す。その時

神様、叔父をよろしくおねがいします。誰かがこのことを家族に伝えるためにも、僕は生きなければならないのです。

と祈ったという。

絶望の中でも希望を捨てなかったローランド。ほぼ何もない海原で彼はどのようにして生き残っていたのだろうか?

全長2.5mの小型ボートしかない状況で、ローランドは溜まる雨水を飲み、船体に生えたコケを口にしながら生きながらえていた。日中は強く照りつける太陽を避けるために頻繁に海中に潜っていたという。しかし、コケも一度食べてしまえば再び生えてくるまでにまた数日はかかる。61kgあったローランドの体重は20kg台にまで落ち、意識が遠のく中でなんとか命の火を絶やさずにいることだけで精いっぱいの状況であった…。

 

ローランド・オモンゴスを助けた日本漁船「わかば丸」の漁船船長は誰??

そんな死と隣あわせの状況の中、58日目にしてローランドを見つけたのが日本の漁船であった。たまたま近くと通っただけなのかもしれないが奇跡とも言える。残念ながらこの奇跡の発見時の状況は情報がなかったため、テレビの再現BTRで再現されるまでお待ちいただきたい。また、発見されたフィリピン人のローランド・オモンゴスさんの情報はあるが、ローランドさんを見つけた日本漁船「わかば丸」船長が誰なのかもネット上では公表されていなかった。

だが、調べてみるとローランドさんを救出した「わかば丸」についての情報はあった。

ローランドさんを発見したのは極洋水産株式会社の「第六わかば丸」という漁船で、後に海外まき網漁業協会から表彰状が贈られている。

→海外まき網漁業協会から送られた表彰状についてはコチラ

驚きなのはローランドさんが助けられた後も彼を励まし、食事や体の世話までしていたというのだから驚きだ。

生還できたことの感謝を伝えたいと日本へ来日したようだが、手掛かりは「ワカバマル」という漁船の名前のみ。手がかりを元に鹿児島県の山川港を訪れるのだが、果たして彼は船長に会うことが出来たのだろうか!?

 

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