ブギウギ【朝ドラ】でジャニー喜多川役は誰?服部良一と笠置シヅ子との関係は?

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人物

2023年度後期放送のHNK朝ドラマ「ブギウギ」が10月2日から放送が開始されました。

この「ブギウギ」というドラマは実在の人物がモデルとなったお話のようなのですが、この話の中になんとあの「ジャニー喜多川氏が登場する!?」という話が話題となっています。実際のところ本当に関わりがあったようで、その後の服部家の告白で「実際に性加害を受けた」という衝撃の事実が明らかとなっています。

今回は朝ドラ「ブギウギ」のお話と実在したモデルである笠置シヅ子さんと作曲家の服部良一さん、そしてジャニーズ性加害問題で話題のジャニー喜多川氏との関係性について調べてまとめてみました。

 

 

 

 

ブギウギ【NHK朝ドラ】とは?笠置シヅ子と服部良一は実在の人物!!

大正の終わりごろ、大阪の下町の小さな銭湯の看板娘・花田鈴子(趣里)は、歌って踊るのが大好きな天真爛漫(てんしんらんまん)な女の子です。小学校を卒業した鈴子は「歌と踊りでみんなを笑顔にしたい」と思うようになり、道頓堀に新しくできた歌劇団に入団。必死に稽古にはげんだ鈴子は、メキメキと成長、抜群の歌唱力で頭角を現していきます。

昭和13年、鈴子は上京。そこで、人気作曲家・羽鳥善一(草彅剛)と出会い、大きく運命が変わります。鈴子は、作曲家の指導を受け、“スウィングの女王”と呼ばれ人気歌手になっていきます。 しかし、戦争が始まると、鈴子が置かれた状況は一変。鈴子の歌っていた歌は「敵性音楽」となり、鈴子の舞台での歌や踊りが厳しく制限されてしまいます。さらに、鈴子の弟は出征。また、ちょうどその頃、鈴子の母も病気で亡くなってしまいます。

不幸が重なり悩んでいた鈴子の前に、ある青年が現れます。ふたりは恋に落ち、やがて結婚を誓いあうまでに。しかし、青年の家族は大反対、結婚はなかなか実現しません。やがて戦争が終わり、鈴子は青年の子を身ごもります。ところが、青年は病にかかってしまいます。会えない日々が続き、そして、臨月の鈴子のもとに届いたのは青年の訃報でした。死に目に会えず、結婚もできないままの別れ。数日後、鈴子はひとりで娘を出産しました。

鈴子は、ひとりで娘を育てながら舞台で歌います。そんな中、生まれたのが「東京ブギウギ」です。明るく、飾らず、全身で歌う、鈴子の真骨頂。戦後の傷ついた日本に、その歌声が響き渡ります。鈴子の歌声に合わせて、笑顔で歌い踊る人たちが日本中にあふれていきました。鈴子は“ブギの女王”と呼ばれるようになり、大スター歌手への階段を駆け上がっていきます。

引用元:番組紹介-ブギウギ-NHK

NHKの朝ドラである「ブギウギ」はとある女性がモデルになっています。
敗戦の悲嘆に暮れる日本に響き渡った歌「東京ブギウギ。」その歌い手として爆発的な人気を得た”ブギの女王”こと花田鈴子役(趣里)のモデルが、「笠置シヅ子」さんという実在した女性になります。そしてそんな彼女の魅力を引き出していくのが、これも実在の人物である作曲家の服部良一さん。ドラマでは羽鳥善一役(草彅剛)となっています。

 

ブギウギ【朝ドラ】でジャニー喜多川役は誰?服部良一と笠置シヅ子との関係は?

ここで「別の意味で注目」されているのが、性加害問題で揺れるジャニーズ事務所ことご本人のジャニー喜多川氏となっています。「何故ジャニー喜多川氏が朝ドラと関係があるのか!?」ということになります。

ジャニー喜多川氏は名前からするとハーフのような印象を受けますが、人種自体は生粋の日本人です。日本と米国の二重国籍を持っていたため、ミドルネームがあったのです。姉であったメリー氏も姪のジュリー氏も同様です。出生自体はアメリカのロサンゼルスですが、子供時代の大半は日本での生活でした。16歳に再びアメリカへ渡り、地元の高校へ入学。高校時代はロサンゼルスの劇場で音楽制作のアシスタントとしてアルバイトの経験があります。この頃からエンターテイメント業に興味を持っていることが伺えます。その後ジャニー氏は姉メリー氏と同じ大学へ入学。19歳であった1950年に美空ひばりの育ての親・川田晴久と共にアメリカ公演を行っています。ロサンゼルス公演の際にはジャニー喜多川氏の父が真宗大谷派東本願寺ロサンゼルス別院を会場として用意したため、ステージマネージメント全体を担当していたのです。

そして同じように、ジャニー氏は笠置シヅ子さんと服部良一さんがアメリカ巡業に行った際に通訳を務めるなどしていました。日本人歌手をアメリカで売り込むためにジャニー喜多川氏が通訳やアテンダーとしての役割を果たしていたのです。また、歌手らのプロマイド等を販売するなど、その後のジャニーズへの活動へとつながる言わば”走り”のような活動をしていたのです。

ですので、NHKの朝ドラである「ブギウギ」にも今後、花田鈴子と羽鳥善一がアメリカ公演を行うにあたり、渡米した際に2人が出会うであろう”ジャニー喜多川氏の役を誰がやるのか?”ということが一部で注目されている…ということなのです。

ジャニー氏が日本のエンターテイメント業界に与えた功績は言うまでもないのですが、その反面長年に渡り多くの子供に対して性加害を与えたこともようやく明るみになりました。そのことで業界に衝撃が走っていることは多くの人の知るところであると思います。

実際のところ、ジャニーズ性加害問題が起きていなければ、堂々と「ジャニー喜多川氏役」として誰か役者を当てるなり出来たと予想出来ますが、大問題となっている現在、わざわざそこに役者を当てるとは考えにくいと予想されます。

ですので、恐らく通訳のような役がいたとしても名前は出さない。あえて触れるようなことはしないと思います。要はサラッとそれらしき人が出るだけ…か、ドラマの編集上どうにでもなると思うので、その場面自体もそもそも出ないという可能性も考えられます。

実際、鈴子が成長して羽鳥善一氏とアメリカに渡米するのはドラマの中でも後半の部分のようなのでもう少し先…ということになりそうです。

 

ジャニー喜多川と服部良一は家族ぐるみの付き合いだった!?息子吉次氏が被害者だったという衝撃の事実!!

NHK朝ドラマ「ブギウギ」のモデルで笠置シヅ子さんの才能を見出した作曲家に服部良一さんですが、「東京ブギウギ」「青い山脈」「別れのブルース」など数多くの名曲を世に生み出た人物で、国民栄誉賞も受賞するほどの人でした。既に良一さんは他界されていますが、彼の息子ら親族も芸能一家の家柄であります。

そして衝撃であったのが2023年のジャニーズ性加害問題が起こったことで、性被害に遭ったと告発者が続く中で、現在78歳になる服部吉次さんが少年の頃にジャニー喜多川氏から性被害に遭ったと告白しています。吉次さんは服部良一さんの次男になります。

ジャニー喜多川氏は1950年に服部良一さんとアメリカ公演を成功させると、その後積極的に服部家と交流を持つようになったのです。服部家には当時小学校1年生になる吉次さんがいました。当時まだ19歳の青年であったジャニー氏は次第に服部家に泊まるようになり、そこで吉次さんに対する性加害が行われていた…という衝撃の事実が明らかになっています。当時吉次さんはまだ6歳の子供です。当然自分の身に何が起こっているのか理解できず、唯一相談した姉にも理解してもらえなかったことが原因で以降70年間という長きに渡り、誰にも相談出来ずにいました。

その後被害は2年以上続いたと言います。良一さんら夫妻には何くわぬ顔で付き合いをしていた陰で、何をされているのかも分からない当時の吉次さんに対する性加害は続けられていたのです。

そしてさらにおぞましいことに、その魔の手は吉次さんの子供(良一さんから見た孫)である有吉君にも伸びようとしていました。2世代に渡って手を出そうとするなんて信じられませんよね。幸い、有吉君のお母さん(吉次さんの妻)が危険を察知して大事には至らなかったようですが、それでもジャニー氏のしようとしたことは正に”鬼畜の所業”と言えるでしょう。

実際のところ、青年期をアメリカで過ごしていたジャニー氏にとって、日本での人脈がなかった当時の彼が音楽業界に入りこめたのも服部良一さんの人脈があったからこその話。言ってしまえば、恩がある良一さんに対して陰で息子を手にかけていた…という、正に「恩を仇で返す」行為というのはこのことではないでしょうか。

吉次さんの父親ら両親もまさか子供がそんな被害に遭っているとは夢にも思っていなかったのでしょうね。彼の業は深いです…。

 

 

 

 

 

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